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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4567号 判決

原告 高瀬真一

被告 国 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立、

原告は、「被告は原告に対して金七五万円とこれに対する昭和二七年一〇月一日以降完済に至る前月末日までの年二分四厘の割合による金員とを支払え。訴訟費用中原告と被告との間に生じた分は被告の負担とし、参加人の参加によつて生じた分は参加人の負担とする。」との判決を求めた。

被告は、主文第一項同旨の判決を求めた。

第二請求の原因、

一  参加人は、原告の占有にかかる福島県耶麻郡北塩原村大字檜原字大府平原一一七二番山林内所在赤松伐倒木一〇〇〇石(九八〇〇本)について、原告とその所有権を争つていたが、福島地方裁判所若松支部に対し、原告を相手方として仮処分命令を申請し、昭和二六年三月三〇日同庁昭和二六年(ヨ)第一七号事件の「原告は、右伐倒木につき売買、贈与その他一切の処分行為並びに搬出及びその所在山林内に立ち入ることをしてはならない。参加人の委任する同庁執行吏をして右伐倒木を保管のため占有せしめる。」旨の仮処分決定(以下第一の仮処分命令という。)を得て、同年四月一日その執行をした。

本件伐倒木は、執行吏占有保管中のところ、昭和二七年八月三一日同庁昭和二六年(ヲ)第三号換価命令に基づいて競売され、その売得金七五万円は、執行吏において同年九月一日これを供託した。

参加人は、本案訴訟(福島地方裁判所若松支部昭和二十七年(ワ)第七十七号所有権確認事件)係属中昭和三〇年三月三〇日第一の仮処分命令の執行委任を解除した。したがつて、執行吏においては、職務上右換価代金及び供託金利息を原告に還付して、仮処分を解放すべきであるにもかかわらず、同庁執行吏小日山政義は、同年四月二日本件換価代金及び供託金利息として供託所から払渡を受けた金七七万七〇〇〇円を、及び同月一四日供託金利息として供託所から払渡を受けた金一万八〇〇〇円を参加人に引き渡した。

二  執行吏小日山の参加人に対する換価代金及び供託利息の引渡は、本件仮処分の解放にあたり、被告国の裁判の執行機関として、違法に職務を執行して右換価代金及び供託利息に対し法律上原告が有する占有権を喪失せしめ、かつその目的が金銭たるの性質上これを原告に還付することを不能に帰せしめたものというべきであるから、被告は、原告に対して、右還付に代る損害賠償として、本件換価代金相当額金七五万円と、供託法令の定めるところに従い、右金七五万円に対する前記供託の翌月である昭和二七年一〇月一日から支払済に至る前月末日までの年二分四厘の割合による供託金利息相当額の金員とを支払う義務がある。

三  被告主張の二の(一)の事実は認めるが、同(二)及び(三)の主張は争う。

第三被告の答弁並びに主張、

一  請求原因一項は認める。

二  同二項の主張は否認する。

(一)  参加人は、第一の仮処分命令に関する本案として、原告を相手方として、本件伐倒木につき原告主張の所有権確認の訴を提起し、係属中であつたが、この訴提起前原告が参加人を相手取つて提起した本件伐倒木の売買契約存在確認の訴(同庁昭和二六年(ワ)第二九号事件)が昭和三〇年一月二八日上告棄却により、その頃原告敗訴に確定したところ、参加人は、これをもつて右仮処分の本案たる所有権確認訴訟が参加人の勝訴に確定したものとして、執行吏に対し執行委任を解除し、かつ、その権利者であるとして本件換価代金及び供託金利息の引渡を申請し、これに対し、執行吏小日山は、参加人が本案訴訟で勝訴したものと誤認して右申請を容れ、前記のとおりの処置をするに至つたのである。

執行吏小日山は、昭和三〇年五月一六日原告から本件換価代金の還付申請を受けるに及んで、初めて参加人に換価代金及び供託利息を引き渡したことの誤に気付き、同月二三日参加人に対しその返還を求めたところ、参加人は、これに応じて同月二八日換価代金及び供託金利息相当額金七九万五〇〇〇円を小切手を以て同執行吏に返還した。かくして、同執行吏は、再び本件換価代金及び供託金利息として、これを占有保管していたのであるが、参加人において同月三〇日あらためて原告を相手方として同庁に対し、「原告は、同庁昭和二六年(ヲ)第三号換価命令正本に基いて昭和二七年八月三一日換価決定した売得金七五万円は、本案判決確定に至るまで執行吏小日山から受け取つてはならない。同執行吏は、原告に対して前項の換価金を払い渡してはならない。」旨仮処分命令を申請し、同日その旨の決定(以下第二の仮処分命令という。)を得、これが原告に送達されて執行されたから、参加人から返還された金銭を第二の仮処分命令の目的物として、占有保管するに至つた。

(二)  したがつて、同執行吏は、原告に対し本件換価代金及び供託金利息を引き渡すことができないだけであつて原告は、これに対する占有を喪失するものでないから、これを喪失したことを前提とする原告の本訴請求は失当である。

(三)  かりに、原告の主張するように占有権の侵害があつたというべきであるとしても、もとより本件伐倒木は参加人の所有に属し、原告は、何ら実体上の権利を有することなく、ただ第一の仮処分命令の執行前これを権原なく占有していただけであるから、仮処分の解放によつて原告にその占有が復帰しなかつたからといつて、原告がこれによつて直ちに換価代金額相当の損害をこうむるわけがない。本件請求は理由がない。

第四参加人の主張、

金銭は、金銭価値の帯有者として、極度の代替性を有し、物質的に同一物でなくとも、同価値の金銭は、取引の通念上同一物として取り扱われるのであるから、参加人から返還された金銭が物質的にはさきに参加人に引き渡された金銭と同一物でない(小切手を現金化したものでもよい。)にせよ、なお本件換価代金及び供託金利息であることに変りなく、執行吏において参加人から返還された金銭を占有している限り、原告の本件換価代金及び供託金利息に対する占有権の効力に何ら消長を来すものでないから、原告に何らの損害も生じていないというべきである。原告の請求は理由がない。

第五証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因一項の事実は全部当事者間に争がない。

二  そこで、被告側の主張について判断するに、被告主張(第三)の(二)の(一)は全部当事者間に争がない。

そうだとすれば、執行吏小日山は、原告主張のとおり、供託所から換価代金(競売売得金)及び供託利息の還付をうけ、これを参加人に交付したのであるから、仮処分決定の執行方法を誤つたものというべきであるけれども、これにより仮処分債務者が有する実体法上の地位に何らの消長を来す理由がないから、かかる場合、仮処分債務者は、或いは執行裁判所に対し執行法上の救済を求めることができるであろう。或いは、また執行吏が換価代金等を参加人から回復することができず、しかも執行吏個人の資力を以てしても仮処分債務者たる原告にこれを交付することが客観的に不能な場合には、違法執行による損害としてその賠償を求めることができるであろう。しかして、原告は、後者の途をえらんで本訴に及んだのであるが、特別の事情のない限り、金銭の性質上、執行吏が供託所からうけとつたその金銭(貨弊又は銀行券)を終局的にうしなつたことになることまことに原告主張のとおりである。しかし、この場合執行吏が仮処分債務者たる原告に交付すべき換価代金及び供託利息は供託所からうけとつた貨弊及び銀行券を以てしなければならないとする理由はない。

したがつて、執行吏において、執行法上の救済による是正をまつことなく、一旦うしなつた換価代金等の回復をはかつたうえ、現にこれを保管しているならば、仮処分債務者は、特別の事情のない限り、執行吏に対しこれが交付を求めることができるものといわなければならない。しかも、前認定のとおり、執行吏小日山は、換価代金及び供託利息を参加人から回復し、現に保管しているのであるから、原告は、執行吏小日山の執行上の過誤にかかわらず、原告主張のような損害をこうむつたものということができない。

三  果して然らば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求の理由のないこと明かであるから、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴八九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉 花渕精一 中川幹郎)

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